近接効果 ( Proximity effect (audio))
ダイナミックマイクのSHURE SM57、SM58の近接効果について整理してみた。
指向性があるマイクは、音源とマイクの距離が近いと低音の音量が上がってバランスが崩れてしまう。その仕組みについて簡単に触れてみたい。低音が盛り上がってしまう近接効果は指向性を実現する上での副産物であり、本来は不要なものであったと思う。しかし、それを積極的に使って音を作るという流れになっているように思う。
指向性マイクの原理
指向性マイクは正面以外の音をなるべくカットするために作られたもので、原理はダイアフラム正面からの音以外に、裏面からも少し遅れた音を入れることにより実現している。下図の矢印の太さは音圧の大きさをイメージ。
SHUREによると、ダイアフラムの表面と裏面との距離差は約8.5mmらしい。音波がダイアフラムの両面に同時に同音圧で届けば、逆位相となり、その音は打ち消される。重要なのは音源の方向と音圧差ということになる。マイクの正面から入る音は、回折によって裏面にも回り込むが、音源とダイアフラムの距離によって、音圧差が違ってくる。距離が近ければ音圧差が大きく、遠ければ小さくなる。下の図は点音源の位置で音圧差(音の密度の差)が出ることをイメージにしてみた。また音圧レベルは距離が倍になるごとに6dB低下する。
Audacityでシミュレーション 正面から入った音はどうなるか
まずは、0~22050Hzのチャープ信号を作成する。チャープ信号は低い音から高い音へ徐々に変化する信号。
この波形全体の周波数特性は下記のようにフラットである。これがマイク正面から入った音とする。
次にダイアフラム裏面には、やや遅れて、音圧が下がった音が入る。ダイアフラム裏面から入る音は、信号的には逆位相になっている点に注目。そして8.5mmの距離差は時間遅れとして計算すると、音速を340m/sとした場合、0.025msecとなる。サンプリング周波数44100Hzの場合は、約1sample程度。ということで、1sample遅らせてダイアフラム表面に入った波形と合成してみる。以下は音圧差の違いでどうなるかをシミュレーションしたもの。つまりマイク正面からの音を扱った場合を意味する。
ダイアフラム両面に同音圧が入った場合
これは音源とマイクの距離が遠いときの状態をイメージ。ほとんど同じ音圧がダイアフラム両面にかかることで、低音がスカスカになってしまう。こんな特性ではマイクとして使えないので、実際のSM57、SM58では、もう少し補正していると思われる。低域と高域はいろんな理由でばっさり切っているけど。
裏面に-6dBが入った場合
これは音源とマイクの距離が多少ある状態をイメージ。低音の減衰量は控えめ。
周波数スペクルを見ると明らかである。
裏面に-12dBが入った場合
これは音源とマイクの距離が近い状態をイメージ。音圧差が結構ある場合。
シミュレーションではフラットに近い特性になりつつあるのだが、実際のマイクでは補正ゆえに低域が盛り上がってしまう。これが近接効果となる。
実際のマイク
実際のSM57などでは、上記の右肩上がりの特性を補正していて、ダイアフラム周辺の設計からすると音源との距離はある程度離して使うことを前提に設計されている。実際には10cm以下など近くで使われていることがほとんどだが、マイクの設計意図からすると、10cmから50cmぐらいの範囲が素直な周波数特性になっている。現場では目的の音源以外をカットしたいので、近距離で使うことが多くなってしまうのだろう。
下はSHURE BETA57Aの周波数特性