VSTe コンプレッサーdigitalfishphones BLOCKFISH 無料
本当に今更という感じだが、digitalfishphones BLOCKFISH(コンプレッサー)という無料のVSTeの紹介。 今から20年以上前の2002年にリリースされた32bitVSTプラグイン。 最低限のメンテが施されて、現在でも下記ホームページ(アクセスすると、たぶんセキュリティで警告が出ると思うけど)から入手可能となっている。 Windowsのみ条件付きで動作可能という状態。 Audacityでは認識されなかった。 こうなると、ほとんどのDAWでは動かないかもしれない。 古いプラグインに寛容なReaperは何の問題もなく動作した。さすがである。
開発者 Sascha Eversmeier(ドイツ)
最近u-heのプラグインを調べていたら、Sascha Eversmeierがu-heに在籍していたことが分かった。 彼は昔digitalfishphonesという名称でフリープラグインをリリースしていたので知っている人もいると思う。 10年以上前に気に入って使っていたので、懐かしくなって再びインストールしてみた。
Sascha Eversmeierは、このプラグインを開発していたときはMagix社に在籍。 その後2012年にu-he社に入ってアナログ系のプラグインSatin、Presswerk、Repro、ColourCopy、TWANGSTRÖM等を開発し、 2020年にu-he社を退社し、今はスピーカー関係の仕事をしているそうだ。 DSPプログラマーであり、アナログエミュレートのエキスパート。 そのこだわりも尋常ではなく、どこまでもマニアックで研究的。どの製品も一筋縄では行かない何かがある。 個人的には、またu-heに戻って来てもらいたいと思っている。KVRのu-he掲示板にも、たまに顔を出すので戻る可能性はなくもない? そして再びu-he物理音源drum syhthに取り組んでもらいたい。
2024年にSascha Eversmeierは、新たな活動をスタートしたようだ。ドラムプロセッサーを開発中のようだ。u-heと共に応援したい。
BLOCKFISHの概要
通常のデジタルコンプと違って挙動が厄介。理解しようとすると手こずるプラグインなのは間違いない。 出音は独特で他コンプでは見られない圧縮をする。それなのに意外と柔軟性もあるという不思議なコンプ。 以前はメインで使っていたのだが、扱いきれなかったこともあって自作へ乗換えてしまった経緯がある。 改めて、その謎挙動にチャレンジしてみようかと思う。いろいろ面白いことが判明すると思う。
マニュアルによるとBLOCKFISHのコンセプトは、濃密なサウンドを目指したアナログライクなコンプということのようだ。 VCA、OPTOタイプのアナログコンプの挙動を取り入れて、サチュレーションの調整も可能となっている。 当時のデジタルコンプは、実機のアナログコンプ慣れした人からすると、音が痩せたように聞こえて物足りなさを感じたというのも事実。 プラグインでもアナログコンプぽいものが欲しいという要求が高まりつつあった時期だったようにも思う。
構成としてはVCAと、ボーカル用に最適化されたOPTO(光学式)を切り替えられるようになっている。 またcomplexというボタンを押すると2台を直列接続可能。前後で役割が自動設定される。 VCAとOPTOの混在はできない。
ノブひとつに複合的な意味があるため、ノブにはパラメータの数値も単位もない。 大きなつまみのcompressionは、スレッショルド、レシオ、メイクアップ・ゲインも兼ねているという具合。 数値ではなく感覚的にノブを回して調整する必要があり、基本的に耳で調整することになるが、 かなり危なっかしい挙動をするので、各種アナライザーで確認しながら調整したほうが良いと思う。
いじれるパラメータ数が少ない。明らかに内部的なものを隠し、難解な操作を軽減しようとしている。 結果的に古典的なアナログコンプのような操作感を実現しているが、挙動が掴みにくい原因にもなっている。
各部の解説
ダウンロードするとPDFの公式マニュアルがちゃんとあるのだが、説明が取っ散らかっていて、なかなか厄介。 実際検証しながら、マニュアルを整理し、それぞれの役割と挙動を把握できるようにしてみた。
vca / opto
コンプタイプの切り替えスイッチ。
vca(汎用モード)
vcaはdbx 160などのフィードフォワードのモダンなアナログコンプをイメージしている。 この手のコンプは原音を崩さずナチュラルな圧縮が行える。またレシオを無限大まで上げられるのが特徴。 BLOCKFISHではディテクターが入力信号の一部を受け取り、波形を整流し、ある種の平均レベルを計算する。 vcaは応答動作が非常に速く、optよりも深いコンプレッションを実現。
opto(ボーカル用に最適化)
光抵抗と光源で構成される初期のコンプレッサーをモデルにしたオプトエレクトリカルデバイスで、光源が何らかの方法で入力信号によって駆動されると、結合されたときに調整回路を形成する。 光源の入力はコンプレッサー・ステージの出力から得るフィードバック回路となっている。 回路を安定した状態に保つためのシンプルで効率的なアプローチである。 ただしフィードバック構造と光電式ゲインコントロール素子の慣性が、素早い反応を禁じる。
ボーカル用に最適化されているモードで、他の音素材で使う場合は注意が必要。特にアタック直後の落ち込みと、そこからリリースのように戻っていくところは他コンプでは見られない独特なカーブとなっている。最新のボーカル用プラグインのWaves Silk Vocalなども似たようなカーブになっていた。BLOCKFISHは20年前にすでに実現していた。また周波数によって大きく特性は変わる。
回路の応答時間は信号自体によって制御される。 光電気素子のアーティファクトは、高速トランジェントで自然なリリースを持ち、信号エネルギーは、しばらく蓄積されるという特性がある。 また動作が静的でないため、自然な圧縮の効果がある。 光電気素子の「タイムラグ」は、下のopto memoryで制御可能。
opto memory
左のopenをクリックすると内部回路がむき出しになる。まるでu-he Reproだ。たぶん元ネタではあると思う。 optoモードでのリリースタイムは現在の信号の平均レベルと、このopto memoryの設定に依存する。
最大にすると、回路は最大限のメモリーを持ち、高い信号レベルがチャージング効果をもたらし、リリースタイムが遅くなる。 最小にすると、逆に作用し、リリースタイムが速くなる。
下はボーカルのドライサンプル
optoとairを使ったウェット。airは、ちょっと極端にかけている。
low cut
圧縮の動作を決定するディテクター/オプト回路から低周波成分をカットし、低周波の影響を受けないようにする。 信号の平均レベルの大部分は低周波数に存在し、コンプレッサーが、その低域に反応してしまうと、ポンピングサウンドというバウンドしたような音量変化をコンプレッサーが作ってしまう。主にこれを避けるために使う。
low cut freq
ここでローカットフィルターのカットオフ周波数を決定できる。
air
リアルタイムにゲインリダクションに応じてトレブルブースト回路を作動させる。 コンプレッションを強めにかけると、その分トレブルを追加し、サウンドが明るくなるため、ボーカルに適している。
内部的に、逆ゲインリダクション制御電圧を取り、それを入力信号のハイパス部分に適用している。 その結果、深いコンプレッションによる通常の減衰または消音効果が回避される。
air freq
逆コンプレッション処理が適用されるハイパスフィルターのエッジ周波数を設定。 目盛りもなく設定値も表示されないので、ホワイトノイズなどを使って耳で確認するとよい。下のair levelを最大にして、freqを回すと分かりやすい。12時で5kHz当たりを4dBぐらいアップする感じ。空気感だから基本2時以上回した方がよさそう。
air level
air量を調整。これは好みでよいと思う。
compression(スレッショルド、レシオ、メイクアップ・ゲイン)
1つのノブでスレッショルド、レシオを調整。右に回すほどコンプレッションが強くなる。 自動で出力ゲインが調整されるので音量は大きくは変わらないが、複雑な振る舞いをするため、最終的にoutputで音量調整する必要がある。
周波数ごとの圧縮の違いを試してみる
まずは以下の波形に適用し、compressionを上げて行く。 各波形はサイン波で、周波数がA0=27.5Hzで、オクターブずつ上がりながら最高音はA8=3520Hzとなっている。音量は-5dBと-11dBぐらいの2段になっている。
なぜ、こんな音程を変えた波形が必要なのかというと、アナログ系のコンプは周波数によって挙動が全く違うため。
vcaモード
responseを最速にして、他はデフォルトでcompressionを上げていくと以下のようになる。
12時を超えるとアタックが短いこともあって、強烈なヒゲが0dBを超えてくる。さらに音量も上がってくるが、元よりも大きいのはアタック部分だけ。 圧縮は低域側の方がかかる傾向にあるが、optoに比べると控えめ。 アタックのトランジェントだけ、とんでもなく大きくなるということさえ分かっていれば使い勝手がはよいモード。
compressionを上げていくとアナログコンプのように倍音が付加されていく。 440Hzサイン波に対して周波数スペクトラムで観察。 saturationはオフで、responseは9時の位置。 圧縮率を上げても倍音が増えるわけではないようだ。挙動に一貫性はあまり見られない。
optoモード
LA-2Aのような光学タイプをイメージしたモードになる。 以下のアニメーションでcompressionノブの位置は時計と対応させてみた。 半透明が元々の波形で、不透明がBLOCKFISHを通った波形となっている。
BLOCKFISHは、上記のように一つのノブの挙動さえも単純な振る舞いをしない。 特に低域ほど圧縮される傾向にある。これはアナログコンプと同様の振る舞いで、アナログ大好きなのが伝わってくる。 compressionを上げていくとリリースタイムも長くなっていく。また高域ほど長い。動画ではresponseはfastにしているが、これをslowにすると5secぐらいの長さになる。
一方アタックは、それほど変わらないように見える。 特徴でもあるのだが、アタック直後がかなり落ち込み、復活するという挙動。これは前述通りボーカルを意識していると思われる挙動。 また音量も厄介。本来であれば、圧縮すればするほど、音量が下がっていくが、15時を超えると逆に元の波形よりも大きくなるので、挙動が掴みにくい要因になっている。
compressionを上げていくとアナログコンプのように倍音が付加されていくが、opto memoryに影響を受ける。 440Hzサイン波に対して周波数スペクトラムで観察。 saturationはオフで、responseは9時の位置。
response
アタックとリリースを同時に扱う。 vcaとoptoでは大きく違うので、アナライザーなどで確認しながら調整した方がよい。
saturation
サチュレーションの調整。minであればサチュレーションは全くかからない。わずかに上げるだけで結構倍音が付加されていく。 コンプレッション後に適用される。また音量も倍音が付加された分だけ上がっていく。 complexモードの場合は、コンプとコンプの間にサチュレーション回路が配置される。 またサチュレーションが大きいほど、より自然なリミッティングになる。
サチュレーションは回路基板上で周波数レスポンスとサチュレーションのタイプを変更できる。 偶数倍音、奇数倍音の出方を調整したり、倍音ごとのレベルもかなり変わるので、好みの歪を見つけられる。
sat emph freq
サチュレーション・プロセスと連動してプリ/ディエンファシス・ステージのような働きをするローシェルフEQ回路をコントロール。 相互変調歪み(不快に聞こえることが多い)の原因となる低音域をフィルタリング。
dynamic sat
現在の過渡情報とゲインリダクションを測定することにより、回路にダイナミックな方法で飽和を追加させる。 これはある種の「圧縮解除」プロセスであり、結果として得られる信号にある種の複雑さを加える。 VCA設定では、回路は対称的に飽和し、奇数倍音のみが追加。 オプト・モードでは、真空管駆動回路に似た非対称クリッピングが行われる。
下は880Hzサイン波に対してcompression0で、sat freqを7時から時計回りに回したところ。dynamic satは7時の位置。モードはvca。 7時の位置は倍音のカーブがきれいな位置。回していくと段々と不揃いになっていく。 基本的に奇数倍音が付加される。 折り返しノイズはあるね。結構盛大に倍音が付加されるのだが、サイン波だと聞いても見てもよくわかるが、複雑な音を使うと、意外と気づきにくいもの。プラグインなどを評価するときは、あらゆる周波数のサイン波、ホワイトノイズなどが大活躍する。
dynamic satを7時から時計回りに回したところ。sat freqは7時の位置。モードはvca。 偶数倍音が持ち上がってくる。 奇数と偶数を好みでブレンドできるのは良い仕様だと思う。
vcaモードのときのサチュレーションの倍音の出方。ノブをminからmaxへ回したときのアニメーション。 折り返しノイズはあるがレベルが低いので気にならないだろう。
optoモードのときのサチュレーションの倍音の出方。 偶数倍音がvcaよりも低めなのがわかる。
output -12~0~+6dB
12時でDryと同じ音量。基本的にオートメイクが働くので、outputゲインの役割は微調整となる。ただし、上げすぎは0dBでハードクリップされるので注意。
出力が0dBを超えると下記のようにハードクリップされる。
bypass
ONにすればDryだけ聞くことができる。
stereo
メイン処理をステレオモードに切り替え。ただし、レベル検出とゲインリダクションは両チャンネルで同時に行われる。
complex
complexをオンにすると、ひとつだったコンプ・ステージが2つになり、直列した状態に接続される。vca直列、もしくはopto直列にできる。
下図のようにサチュレーション・ステージが2つのコンプ・ステージの間に入る。
ファースト・インスタンスを、応答時間の長い穏やかなレベラータイプのコンプレッサーとして使用する。 セカンド・インスタンスは、ファースト・ステージをすり抜けたトランジェントのほとんどを「キャッチ」する役割を担っている。 リリース・フェーズも短くなるので、全体的なラウドネスを大幅に増加させ、濃密にすることができる。 これは、セカンド・ステージが実際に飽和した入力信号を得ている場合、非常に密度の高いサウンドを実現する。 またゲインリダクションを少なくしても、アーチファクトの発生が少ない深い圧縮に仕上げることもできる。
ドラムにかけてみた。まずはdry。
vcaでcomplexにしてみる。compressionは12時ぐらい。ドラム全体にかけているので控えめだけど、それでもパッツンパッツン。FETの1176的な使い方もできてしまう。
さいごに
改めて試してみるとBLOCKFISHは現在でも十分通用するコンプだと思った。守備範囲が広く、オプトタイプのLA-2AからVCAのdbx160、FETの1167風にも出来るアナログライクな挙動という印象。 実はSascha Eversmeier最新作のコンプであるu-he Presswerkを購入したので、そのルーツを探る意味もあった。コンセプトも近く、その内部的なものも似ていて、なるほどと思った。ただPresswerkの方が癖は少な目で使い勝手はよいし、デリケートな使い方も出来るようになっている。Sascha EversmeierいわくBLOCKFISHはクラッシャーであって繊細ではないとのこと。
2024年にSascha Eversmeierは新たにTOURAGE DSPを立ち上げたようだ。また独立して新しい会社を作ったようだが詳細は不明。 u-heに戻ってきてもらいたいところだが、2024年末にはdrum processor croquesolidをリリースする計画となっている。ドラム関係の後処理をするためのエフェクトのようだ。 ともかく、プラグイン開発に戻ってくれてありがとう。